死後の世界はどんなところか?

雑記
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死後の世界について考えた事があなたもあるかと思います。

そして、死後の世界を考える時に切っても切り離せないのが”天国”と”地獄”という世界観ですよね。

今回は仮に ”天国”と”地獄” が実在したとしたらそこはどのような世界か考えていきます。

前置きでは横道に話がそれているので忙しい方は飛ばしてください。

前置き

一般的には、生前に徳を積めば天国に逝けて、悪徳を積むと地獄に堕ちるといわれています。

その昔、死後の世界を当たり前に誰もが信じていた時代は”悪徳=地獄行”の構図が犯罪の抑止力になっていたため、宗教が治安上の役割として機能していたほどです。

しかし、現代は本気で天国や地獄の存在を信じている人は少ないように思います。

少なくとも私は信じていません。

しかし、私が信じていないと、現実として天国・地獄が有るか否かは別問題です。

答え合わせは死んでみてからのお楽しみってやつですね。

よくある天国と地獄という世界観の問題点

あなたは天国や地獄というと、どのような所を想像されるでしょうか?

ベタな想像といえば、地獄といえば針の山だったり、血の池だったりがある恐ろしい場所で、天国といえば、温かくて光に包まれているような安らかで心地良い場所というイメージだと思います。

そして、天国行か地獄行かの審判を閻魔様とか神様とかそういう人智を超越した存在に下されるというのも定番かと思います。

しかし、私は上の考えはあまりに単純すぎるのではないかと考えています。

なぜなら人間のニーズというものは多種多様だからです。

温かくて光に包まれているような世界が地獄のように苦しい人もいるかもしれません。

針の山踏破を死後にチャレンジしたいと思っている人もいるかもしれません。

そういう人たちにとって天国は地獄です。

つまり、私にとっての天国はあなたにとっての地獄かもしれないのです。

また、閻魔様や神様が審判を下すというのもよくわかりません。

一体なにをしたら徳とカウントされ、何をしたら悪徳とカウントされるのでしょう?

閻魔様がペットとして豚を飼っていたら、豚しゃぶサラダを食べた事ある人間は皆、地獄行かもしれません。

原子力発電の発明はエネルギーに革命を起こしましたが、地球規模のリスクとなってますが、原子力発電の発明者は地獄行きなのでしょうか?

とにかく基準が曖昧すぎます。

また、例えば、殺人と豚しゃぶサラダが同じ針の山地獄だとしたら理不尽極まりないです。

人智を超えた存在が判断するのだから、そこら辺の問題はいい感じに解決してくれるといわれても、文化や風習によって知らづ知らづに悪徳を積み重ね地獄に堕ちたら、たまったものじゃないです。

個人的な天国と地獄の世界観

それでは、これらの問題をクリアするにはどのような世界観が適切でしょうか?

個人的には、地獄と天国は全く同じ空間と考えています。

死後は皆、同じ世界へ逝くということです。

では、生前の悪事は死後において何も裁かれないのかというと、そうではありません。

私は、心にある罪の意識の大きさに比例してその世界は地獄のように感じる空間がるのではと考えています。

逆に、罪の意識の無い者にとっては心地の良い空間になると思っています。

つまり、閻魔様は一人一人の心の中にいるという事ですね。

この世界観に一つ問題があるとすれば圧倒的にサイコパスは天国に近い空間を獲得できる可能性が高く、ネガティブな性格の人はそんなに悪いことをしていなくても地獄のように感じる可能性が高いという点でしょうか?

そういう意味では、私たちの今生活しているこの世界は、実は”あの世”かもしれませんね。

おわりに

天国と地獄の話をしていたはずなのに、最後はミステリーホラーテイストになってしまいました。

あなたの死後の世界はどのようなものでしょうか?

死について考えることはネガティブに捉えられがちですが、実は生を考える事と本質は同じです。

死について考えれば、今如何に生きるべきかがみえてきます。

今回の死後の世界観でいえば、心の閻魔様の声に耳を傾け、少なくとも自分が悪いと思うことはしなように心がけようとすることができるかもしれません。

単純に死後の世界の妄想は楽しいので、お暇な時にあなたもやってみてはいかが?

ではまた!

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